ぎんの雫 グット・ダルジャン
パスカル・マーティ氏がまだボルドー大学で醸造について学んでいたころ、当時教授たちは、白ワイン造りについて口を酸っぱくして「できる限り低温で発酵すること」と言っていました。
実際に、白ワインの魅力となるアロマは、できる限り低温下で発酵を行うことで最大限にその効果、魅力を高めることができます。しかし、専門家・現場の醸造家の認識においても、その下限温度は12℃程度というのが定説でした。それは低温発酵に適応した酵母がなかったことが主な理由です。
事実、ワイン醸造に於いて使用される大部分の酵母(人工のもの、天然のもの両方)は低温発酵には不適なタイプが多いのが現状です。仮に発酵が進んだとしても、満足のいく味わいにならなかったり、アルコール度がワインとして一般的な水準に達しなかったり、と満足な結果が得られない状況でした。
仮に、もし10度以下の低温下で完璧なワイン醸造のプロセスを進めることができれば、その白ワインは画期的な商品となるはずである、とマーティ氏は漠然と考えていました。
しかし、彼の知る限り、ワイン醸造の分野では低温に耐えつつアルコール度を標準的な13度前後まで上げられ、かつ高品質なワインを造ることができる酵母がなく、このアイディアは空想、絵には描けても実在しない「キメラ」であると考え、それ以上の探求はしていませんでした。
大吟醸や生酒など、当時、日本国外ではなかなか見られなかった高品質なものを飲むと、繊細なアロマ、味わいが存分に感じられました。そして、その日本酒の中には、彼がこれまでワインに表現するのが難しいと考えていた、様々なアロマ、低温発酵でなければ揮発してしまうアロマが見いだせたのです。
そして日本酒の作り方について説明をうけたとき、マーティ氏は心の底から驚いたのでした。それは、日本酒造りが、これまで彼が知っていたあらゆる可能性の範囲外にあったためです。
発酵温度は5度以下で進む段階があるという事、また蒸留などのプロセスを経るわけでもなく、酵母の力のみでアルコール度20度近辺、ワインでは到達できない度数まで到達できること、などなど。彼のイメージをはるかに超える世界を知ったことで、かつて漠然と思い描いていた、低温発酵ワインの製品化というプロジェクトが、突如具現化してきたのでした。
日本酒の醸造についてもっとデータをみたい、比較して検証したい、と考えるようになったマーティ氏。しかし、果実から造るワインと、お米から作る日本酒では異なる点も多く、外国人のマーティ氏にとって困難を伴いましたが、彼は熱心に学び続けました。
その彼の熱意にこたえてくれたのが、「獺祭」で有名な旭酒造の桜井博志社長(現在は会長)でした。「獺祭」を飲み感銘を受けていたマーティ氏は、この申し出をとても喜びました。桜井社長から多くのアドバイスを受け、自身のプロジェクトの骨子となる醸造プランを造ることができたのです。この時は醸造プロセスの情報だけでなく、多くの数値データまで見せていただき、日本酒酵母を応用した際の様々な疑問点が次々と解決していくようでした。また、桜井氏がかつてチャレンジした、ワイン酵母での日本酒造りにまつわるエピソードを聞くこともでき、非常に盛り上がった一夜でした。その時の助言から、多くの酵母の中でも比較的安定していて低温発酵に向いている7号酵母(真澄酵母)を使うという案が定まりました。
外国人で醸造協会へ入会している人はいましたが、日本在住で蔵元に在籍している人であったり、研究者であったりした場合でした。何度も醸造協会と協議した結果、マーティ氏の熱意が実り、新プロジェクトへのご理解をいただきパスカル・マーティ氏は日本醸造協会の正会員となることができました。
マーティ氏が第一作目に選んだのは、自身でボルドー時代から慣れ親しんでいたブドウ、ソーヴィニョン・ブランでした。
アロマティックなブドウ品種であること、また製造上の手順の上でも、他の品種より早く収穫できるこの品種を使うことが重要だったためです。
発酵は通常のワイン造りに比べ、異常とも思えるほど長い発酵期間に、時折「失敗したのでは・・・」という不安に襲われたこともありました。他のワインの3倍以上の時間をかけて、ゆっくりと発酵を進めたワインが完成し、
興奮しながらそのワインをテイスティングしたマーティ氏。そこには、想像していた以上に、全く新しいソーヴィニョン・ブランのワインが誕生していたのでした。日本酒の存在を知ってから取り組み始め、実に7年にわたる多くの困難を乗り越えて、ようやく完成したのです。
最初の「ぎんの雫 Goutte d'Argent」が完成し、翌2019年、マーティ氏は次のチャレンジへ取り組みました。それは、世界でも最も知られるブドウ品種である「シャルドネ」を使った超低温発酵白ワインでした。
パスカル・マーティ氏メッセージ:
「シャルドネというブドウの特徴はソーヴィニョン・ブランと対照的です。
香りはエステル系で、最初から発揮されるというよりは、熟成と共に形成されてくるタイプ。
ソーヴィニョン・ブラン種のような、フレッシュ感を表現できるテルペン系アロマとは異なります。また、シャルドネにはタンパク質やタンニンといったボディを構成する要素も見られるので、私は白ワインというより、むしろ赤ワインの作り方を参考に、その可能性を考えていました。
ぎんの雫のプロジェクト当初はアロマを主眼に置いていたため、ソーヴィニョン・ブランを選びました。しかし、ワイン造りでは異例ともいえる長期間発酵のおかげで、予想外の複雑な味わいと、厚みのあるテクスチュアを備えた白ワインができたとき、これはシャルドネ種に活用できるのではないか、というアイディアが浮かびました。
今回のワインも、私にとっても初体験であり、世界にも私の知る限り実例がない醸造ですので、注意を払いながら、手探りで一つ一つ進めていくほかありませんでした。しかし、前回のソーヴィニョン・ブランの発酵で学んだおかげで、安心してそのプロセスを見つめることができました。
出来上がった白ワインを味わい、私は今回のシャルドネのクオリティに大変満足しています。」
南米やアメリカ、欧州ではこの噂を聞きつけ、既に引き合いが殺到しているといいます。世界初と言っても過言ではない、ユニークな味わいですが、何より、お刺身や貝料理など、比較的ワインが合わせにくい和食でも見事にマリアージュするという、その実用性が一番の魅力です。
第二作目となるシャルドネも、同様に世界中から注目される1本。限定生産の希少なワイン、ぜひ売り切れる前にお試しください。
ソーヴィニヨン・ブランの柑橘のアロマを楽しみ、その果実味を味わい、そして口内に長く留まる吟醸の香りに酔いしれる。この作品は、グローバル品種のひとつであるソーヴィニヨン・ブランの特徴を生かしながらも、日本酒の酵母による例外的な長期低温発酵がもたらした柔らかさを併せ持っている。
口に含んだ瞬間に感じるテクスチャーは、ワインというより日本酒のそれで、なおかつ舌の上に残るアフターにも不思議な吟醸香が感受できる。この斬新なワインは、あらゆる和食にマリアージュするだろう。ワインと合わせるのが難しい鮨や刺身、そしてもちろん家庭料理にも。和食だけでなく、魚のカルパッチョなどにも合うに違いない。
パスカル・マーティ氏の情熱、その作品に共感した亜樹直氏は、今回このワインの名称、ラベルデザインのコンセプト立案にも名乗り出てくれました。
漫画、神の雫の主人公がワインを口にしてイメージを描き出す、あの光景そのままに、美しい詩が書き下ろされ、この静謐なイメージをもとに、今回の「ぎんの雫」が生まれたのです。
ぎんとは、吟醸のぎんと、ワインの表現に使われる銀世界のイメージを二重に表しています。もう一つの名称である goutte d'argent とは、ぎんの雫を銀の雫 としたときのフランス語での直訳です。
詩の静謐でピュアなイメージを表現するために、控えめに輝く特殊な紙が採用されました。ラベル上部はチリの自然を象徴する、アンデス山脈の稜線を模してカットされます。また、ラベルの左右には、チリの国土の境界線を意味するラインが描かれています。その線は、ちょうどワイン産地として知られるセントラル・ヴァレーを中心とした地域を含み、左側は太平洋側、右側にはアンデス山脈川のラインを、それぞれ表現しています。ラベル上部には日本語で「ぎんの雫」と書かれ、その下には滴の中に「雫」の漢字 をかたどった意匠が、日本古来の紋のようにラベルにアクセントを与えます。そのシンボルの下には、フランス語で「GOUTTE D’ARGENT」という銘とともに、フランス原産のブドウ品種「Sauvignon Blanc」と、本商品の特徴である「Sake yeast fermented」という文字が記されています。
仕上がったラベルを見たマーティ氏は、とても満足げな表情でした。
「このラベルを見て私はとても驚き、また感謝しました。まず、無駄なものがない簡素な美しさに驚き、同時にこの名前を見て、私がボルドーで最初に作った白ワインをふと思い出しました。それはシャトー・ムートン・ロートシルトで生まれたAile d'Argent (エール・ダルジャン)です。私の節目となる大切なワイン二つが、偶然にも似通った名前になったことをとても嬉しく思います。」
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